「あなたの心に…」

 

 

 

Act.21 聖夜の夜に…

 

 

 

 アイツとママのコンビは最強だったわ。

 あのグチャグチャになっていたケーキが、見事に甦ったの。

 他の料理も素晴らしかった。

 今年はパパがいないから、寂しいイヴになるかなって思ってたけど、そんなことはなかった。

 パパからのクリスマスプレゼントはちゃんと届いたし、
 もちろん、ママからのも良かったわ。

 それに…アイツからの…プレゼントもね。

 アイツからは、ペンダント。

 鳥が飛んでいる姿のシルバーペンダント。

 ちょっと安心したわ。高価なものじゃなさそうだから。

 やっぱり私の名前に因んだのかな?飛鳥だから?

 もしそうなら…、嬉しいな。

 あ、私もアイツに渡したわよ。

 マフラー。白いの。毛糸で…。手編みの…。

 あ〜!はっきり言うわよ!

 私が編んだマフラーよ!

 はぁはぁ…。何か照れくさいわね。

 初めて編んだのが、アイツのところに行くなんて…。

 大体これはママに編まされたのよね。

 例のベランダ飛び越え事件の罰として、強制的に編まされたのよ。

 その時はまさかアイツの首にかかるとは、全然思ってなかったけど。

 どうせ、ママはいつも確信犯だから、ここまで考えていたんでしょうね。

 アイツがあんなに喜んだんだから、ママには感謝してあげる。

 

 今日は私が後片付けをしている。

 だって、私は料理を作ってないから。

 せめてこれくらいしておかないとね。

 アイツは手伝うって言ったけど、お断りしたわ。

 そこまで世話になっちゃいけないもの。

 洗い物をしながら、私の今日の出来事を思い返してたの。

 綾波レイと打ち解けて…、
 レイがアイツに好意をもっていることがわかって、
 二人が交際できるように協力を約束して、
 それが原因でマナと大喧嘩して、
 アイツとケーキを取りに行って、
 通りすがりの女の子の滅茶苦茶になったケーキと交換して、
 アイツを馬鹿シンジと呼んじゃって、
 それをアイツが喜んで、
 ……、
 結構アレコレあったわね。

「ねえ、アスカ?」

「何?」

 私は洗い物をしながら答えたわ。

 アイツはお隣に帰宅して、ママがソファーに座っている。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。いい?」

「なぁに?」

「幽霊ってケーキ食べれる?」

 私の手が止まった。

 お皿を落とさなかっただけでも、自分を誉めてあげるわ。

 シンクに跳ねる水音だけが、リビングに反響していた。

「ね、残してあるんだけど、食べれるんなら…」

 私はお湯を止めたわ。

 リビングが静かになった。

 我が家のラスボスは知ってるんだろうか?マナのことを。

 私はごくりと唾を飲み込み、振り返ったの。

「えっと。食べられない、多分、そう。きっと」

「あら、食べられないの?残念。せっかくのクリスマスなのにね」

 ママはにっこり微笑みながら、テーブルに頬杖をついている。

「ママ?」

 知ってる。絶対にママは知ってる。

 14年と20日間、ママと付き合ってるんだから、間違いないわ。

「あの、ね。マナのこと、ママは…、知ってる、の?」

「あ、そうなの。マナちゃんって名前なの?あの娘」

 あ〜、知ってた。知ってたのよ。知ってて知らん振りをしてたんだわ。

「い、いつから知ってたの?」

「え〜と、多分、最初からかな?アスカが夜中に悲鳴をあげた日。
 転校初日だっけ。アスカの声も、マナちゃんの声も、大きいもの」

「はぁ…、知ってたのか。ま、別に隠してた訳じゃないけど」

「そうね、アスカのいないときは、マナちゃん、家の中をうろうろしたり、
 ママの隣でテレビ見てたりしてたもの」

「ママ、それでよく騒がなかったわね。相手は幽霊よ」

「あら、だってアスカだって、普通に接してるじゃない。
 まあ、パパにはちょっと無理でしょうけど」

 そう、パパは怖いものが苦手なのだ。

 マナは怖くないと思うんだけどね。

「で、マナにケーキを食べさせようと思ったの?」

「そうよ。一人で可哀相じゃない。
 う〜ん、食べられないんなら…、そうね、
 そうそうゲームとかカラオケとかなら大丈夫なんじゃないの?」

「そうね、それは大丈夫なんだけど…、今、喧嘩してるの」

「あら!アスカが悪いんでしょ!」

「うわ!酷い!理由も聞かずに、実の娘を悪者にした!」

「さあ、いいから、呼んでらっしゃい」

「来ないと思うよ」

「やってみなさい。それからよく謝るのよ」

「謝るのはイヤ。でも…、呼んでみるね」

 私は一応自分の部屋に戻ったの。

 いきなり、ママのいるところで呼んでも出てこないと思ったから。

 

「マナ?いる?いるなら出てきて。お願い」

 私は空中に呼びかけたわ。

 出てきて欲しい。あのままサヨナラなんてイヤだもん。

「ナニ?」

 マナの不機嫌な声がした。

 でもどこ?

「何か用?」

「マナ、出てきてよ。声だけなんてずるいよ」

「ふん!」

 白い壁にじわっとマナの顔だけが浮かんできた。

 相変わらず機嫌の悪いときだけは、幽霊らしい出方をするわね。

「あのね、ママが会いたいんだって」

「はい?」

 素っ頓狂な声をあげて、壁からマナが全身出てきたわ。

「ど、どういうこと?」

「あのね、ママったら、最初からマナが見えてたの」

「ええぇっ!嘘ぉ!恥ずかしい!」

 マナは、顔を両手で覆ってしまった。

 アンタ、見えてないと思って、いったい何してたのよ?

「だって、だって、この間なんか、話し掛けたんだよ。
 聞こえてないと思ってさ。うわぁ!どうしよ、どうしよ!」

「何、喋ったの?」

 私の好奇心は、はちきれんばかりに膨れ上がっていたわ。

「あのね、私、ママって知らないから。
 ほら、シンジのママにはそんなに甘えられないじゃない?シンジがいるんだから。
 だから、アスカのママさんに思い切り甘えてたのよ。
 見えてないって、聞こえてないって、思ってたから。
 シンジのことアレコレ喋ったり、アスカとのお喋りを相談したり…。
 この前なんか、『ママ大好き』なんて…」

 この地球上で、赤面して恥ずかしがる幽霊を見たことがあるのは、
 ひょっとして私だけじゃないのかな?

「ね、マナ。ママのところ、行ける?無理なら、私が…」

「ううん、行く」

 マナが顔を上げたわ。

「謝らないといけないから。ずいぶん失礼なこと、しちゃったから。行くよ、私」

「うん、さすがはマナだ。私の妹分だね。じゃ、行こうか」

 私はリビングへ歩き出した。

 幽霊を従えて歩くってのも、なかなかできることじゃないよね。

 

 ママはニコニコ笑いながら、こっちを見ていた。

「さ、アスカ、アナタが紹介しなさい」

「はい。さあ、マナ」

 幽霊の癖に人の背中でもじもじしないでよ。

「マナ、はい、ここに立って」

 すべるように…まあ、歩けないんだから、すべるんだけどね。

 マナが私の隣に立ったわ。俯いちゃって可愛い!

「では、こちらが話題の幽霊少女、
 私の部屋の先住民であり、お隣のアイツととっても仲の良かった、
 霧島マナさんです!マナちゃんって呼んであげてください」

「あの…、霧島マナといいます」

 マナはペコリと頭を下げたわ。

「えっと、これまで、大変失礼しました!ごめんなさい!」

「マナちゃん、いいのよ。私だって知らん振りしてたんだもの。
 それも失礼なことなんだから。ごめんなさいね」

 ママが微笑みながら言うと、マナの涙腺が壊れちゃった。

 ぼろぼろ涙を流しながら、幼児のように泣き出したの。

「アスカ、よしよしできないの?」

「駄目なのよ。実体がないから。泣き止むの待つしかないの」

 私がお手上げのポーズをすると、ママは立ち上がってステレオの前に立ったわ。

 何か曲をかけるのね。マナが落ち着くように。

 あれ?ママはテレビの電源を入れたわ。

 モニターに映るのは…、カラオケぇ!アンタねぇ…。

「さ、今日はパーティーよ。
 何、歌う?あ、始まるわね、じゃ一番は惣流アスカが歌います。
 『Fly me to the moon』です」

「ち、ちょっと、勝手に入力しないでよ!あわわわわ」

 駄目、すっかりママのペースよ。歌うっきゃないわね!

 ここは防音設備完備だから大丈夫よ!

 さ、マナ、聞くのよ。私の十八番になった、この曲を!

 私はマイクを握って、歌いだしたわ。

 でも、後の二人は全く聞いちゃいなかった。

 カラオケの曲目早見表を見ながら、お喋りしてる。

 アンタらねぇ…、まあいいわ、マナも笑ってるし。

 

 そのあと10時過ぎまで、私たち3人(?)はカラオケで盛り上がったわ。

 マナってば、アニメソングばっかり。

 私、日本にいなかったから知らないんだってば。

 『サクラ○ク』?『ブー○カ』?何それ?

 それにママとデュエットで、時代劇のテーマソングを歌うんだもの。

 どうやら私が学校へ行ってる時間に、ママが見ていたTVドラマみたい。

 そういや、マナが横で一緒に見ていたって言ってたっけ。

 じゃ、その時も知らん振りしてたわけ?鉄面皮ってママのことを言うのね。

 本当に楽しい時間だったわ。

 

「マナちゃん、これからはいつでも出てきて良いからね。
 最近アスカが相手してくれないから、おばさん寂しいの」

「マナ、お、ば、さ、ん、もこう言ってるから」

 自称おばさんは私を睨みつけたわ。

 しまった。調子に乗りすぎたわ。この制裁はキツイわね、きっと。

「あの…、お願いが…あるんですけど…」

 マナがもじもじしながら、ママに言ったわ。

「なぁに?」

「あの…、ママって!…ママと呼んでいいですか…?」

「いいわよ、こっちもマナって呼び捨てするから」

「はい!お願いします!ま、ママ…」

 うわっ!マナがマッカッカ。

 あ、消えちゃった。きっと、恥ずかしかったのね。

「ありがと、ママ」

「ううん、おばさんも嬉しいわ」

 げげ!しっかり覚えてるよ、この人は。

「ごめんなさい。私が悪うございました」

「まあ、今日は勘弁してあげる。とてもいい日だったから」

「うん、ホントにありがとう。
 きっと、マナにも最高のクリスマスプレゼントだったと思う!」

 ママはにっこり笑ったわ。ママ、大好き!

 

 お風呂に入って部屋に戻ると、マナがベッドに座って膨れ面をしていた。

「おそ〜い!」

「待ってて…くれたんだ…」

 恐る恐る言うと、マナは溜息を吐いた。

「アナタの考えてることは間違い。絶対に間違えてる。
 でも、アスカは頑固者だから、今はわかってくれないもん。
 私が言っても、ママ…が言ってもね。
 だから、今まで通り、そばにいるよ。
 アスカが壁にぶつかってもいいように…」

「壁なんかぶつからないよ。私は間違ってないもん。
 でも、ありがと。マナ。
 あ、あのさ…お願いがあるんだけど…?」

「何?」

「あのさ、使っても良いかな?
 アイツのこと、馬鹿シンジって、言ってもいい?」

 マナは無表情で私を見つめたわ。

 私はつい目を逸らしてしまったの。

 何故か、恥ずかしくて。

 うん、アイツのことを馬鹿がついてても、名前で呼ぶのは滅多にないから。

「いいよ」

 マナを見ると、極上の笑顔がそこにあった。

「嬉しい。アスカがシンジのことをそう呼んでくれるなんて、本当に嬉しいよ」

「ありがとう、マナ」

「馬鹿シンジ。いいでしょ、これ?」

「うん、凄くいい」

「この言葉の良さに気がつくのに、2ヶ月以上か。
 アスカも案外、馬鹿だね。馬鹿アスカだ」

「そして、アンタも馬鹿マナ」

 二人は見つめあって…笑ったわ。

 

「その娘のこと、私は反対だよ。その気持は絶対に変わらない。
 でも、アスカの思った通りにやりなよ」

「うん、してみる。レイもいい娘なんだよ。
 真剣に馬鹿シンジのこと、好きなの」

「そう」

 う〜ん、マナは素っ気無いなぁ。

 これで馬鹿シンジも幸せになるのに。

 あ、アイツのこと、常に馬鹿つけるのも変よね。

「シンジは、さ…」

 マナが私の言葉に敏感に反応したわ。

「シンジ、ね」

「う、うん。アイツってのも、もう、いいかなって」

「そうだね、名前で呼んであげて、ね。本人にもね、シンジって」

 それを想像したら、顔が火照っちゃったじゃない。

「そうだ。シンジが名前だったら、アスカだって『惣流さん』じゃおかしいよね。
 アスカも名前で呼んでもらいなよ」

 ぼふっ!

 ま、マナったら。赤面しちゃったじゃないの!

 私は男の子に名前で呼ばれたことないのよ!

 恥ずかしいじゃないの…。

 でも…そうだね…そのほうがいいね。

 私も嬉しいし…って、あれ?

 あ、そうじゃなくて、そうよ。

 シンジに女の子を名前で呼ぶ癖をつけさせるのよ。

 そうじゃなかったら、レイのことを名前で呼ばないじゃない。

 うん、それはいけないわ。

 よし、それじゃ早速、私のことを名前で呼ぶように通達に行きましょ。

 あ、今、12時前か。

 女の子が異性の家を訪問する時間じゃないわね。

 考えにふける私に、マナがニコニコ笑いながら問い掛けてきたわ。

「で、何時に行くの?」

「5時!じゃ可哀相ね。6時!まだ寝てるか。じゃ、7時…。うぅ、待てない…」

 

 12月25日、晴れ。

 早朝、5時48分。

 あれから一睡もできなかった私は、隣人を急襲。

 シンジのことは、『馬鹿シンジ』。

 私のことは、『アスカ』。

 『アスカさん』じゃなく『アスカ』よ!

 以上のように呼称する事を決定する。

 

 そのあと、私はすっかり安心して、お昼頃まで眠り、ママに叱られたわ。

 

 

 

 

Act.21 聖夜の夜に…  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第21話です。『最高のクリスマスプレゼント』編の後編になります。
ママさんは何でも知っている。
どうもこのSSのアスカママは、ビジュアル的にも性格的にも20年後のアスカって感じでイメージしちゃってます。
ママさんの若かりし頃の外伝を書きたくてウズウズしてますが、書かない方がいいかな?
とりあえず、本編優先で進みましょう。次回は、第1部完結編『アスカの初恋』です。